峠の釜めし誕生秘話|1958年・益子焼の土釜が生んだ奇跡|4代目社長が「冷たい駅弁」の常識を覆した開発ストーリー【公式】 – 峠の釜めし本舗おぎのや 通販・オンラインショップ

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第2話:峠の釜めし誕生

峠の釜めし誕生

Column 02

冷たいお弁当はもういらない

暦の上では春とはいえ、まだ寒さが厳しい2月

1958年(昭和33年)の2月1日は、私たちにとって決して忘れることのできない記念日です この日、荻野屋の運命を変える「峠の釜めし」が誕生しました

当時、駅弁といえば「冷めているのが当たり前」でした 木の折箱に入った幕の内弁当が主流で、ご飯は冷たく固くなっていることが常識だったのです

「温かいご飯が食べたい」
「家庭的なぬくもりのあるものが食べたい」

4代目社長・高見澤みねじは、毎日横川駅のホームに立ち、お客様一人ひとりに問いかけました 「どんなお弁当が食べたいですか?」と

そこで返ってきた言葉は、当時の駅弁の常識を覆す切実な声でした

峠の釜めし

Toge no Kamameshi

Chapter 02

諦めなかった信念

旅の疲れを癒やすはずの食事が、冷たくては味気ない みねじは、お客様の「温かさ」への渇望を痛感しました

しかし、開発は困難を極めました 温かさを保つにはどうすればいいか?

その答えは益子焼の容器と運命的出会いをすることで解決しましたが、商品が出来上がった後も当時の鉄道管理局に申請した際、前例のない陶器の容器や、120円という当時としては高価な価格設定に対し、「そんな重くて高い弁当が売れるわけがない」と何度も却下されました

「お客様が喜んでくださるものなら、必ず売れるはずだ」

── 高見澤みねじ

それでもみねじは諦めませんでした 何度も足を運び、熱意で説得を続け、ようやく販売許可を勝ち取りました

発売当初は1日数十個しか売れませんでしたが、その「温かさ」と「手作りの味」は、口コミや雑誌『文藝春秋』での紹介をきっかけに爆発的な人気を博すことになります

2月1日は「温もりの日」

お客様の声に寄り添い続けたみねじの執念が実を結んだ、まさに「温もりの日」

その想いは今も、一つひとつの釜めしに込められています

峠の釜めし

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